【宮里藍】女子ゴルファー電撃引退、兄宮里聖志 結婚の噂も検証

ええっ、宮里藍は本当に引退?兄弟の宮里聖志 結婚についても検証

世界の舞台で数々の功績を挙げている日本女子プロゴルファー宮里藍(32)が都内のホテルで電撃引退会見を行いました。宮里さんは、2010年に世界ランキング1位、米ツアー通算9勝、日本国内15勝など国内外問わず、女子ゴルフ界で多くの活躍を演じました。彼女の兄、宮里聖志氏や弟の宮里優作氏もプロゴルファーとして知られていますね。

日本の女子ゴルフ界を長らく支えてきた宮里さんは、ゴルフファンの中でもアイドルのような存在として愛されてきただけに、多くの人びとにとって悲しいニュースにもなりました。今回は、宮里藍さんの生い立ちからゴルフ人生の全てをまとめました。

なお気になる宮里藍さんの引退、結婚話しから兄の宮里聖志 結婚の噂についても検証していきます。

 

家族と子供時代

宮里藍さんは、4歳から父である宮里優さんからゴルフの指導を受け、同じく兄2人(宮里聖志、宮里優作)もプロゴルファーとして活躍していることでも知られています。

父、宮里優の存在

父・宮里優さんは、地元である沖縄県の国頭群東村という小さな村で公務員として働いていました。もちろん、当時プロゴルファーではありません。そんな父・優さんは、1991年に村長選挙に立候補するため、公務員を辞職します。公務員のままでは選挙に立候補ができなかったというのが理由でしたが、残念ながら、選挙に落選してしまいます。職を失くしてしまった父・優さんは、その後もなかなか安定した職が見つからず、家族としても厳しい時期となりました。そんな中、家計を支えたのが宮里藍さんの母である豊子さんでした。2年の間、豊子さんが必死に家計を支える中、父・優さんはゴルフのプロコーチの資格を取得しました。

父・優さんは、現在はゴルフスクール、宮里道場を経営されていますが、29歳からゴルフを始め、36歳で男子プロトーナメントの大京オープンにてアマチュアとして出場しています。ご自身のゴルファーとしての実力と経験だけでなく、コーチとしてゴルフを指導する才能があったからこそ、子供たち3人全員プロゴルファーとして世界で活躍できるほどの実力を育てられたようです。

兄2人、宮里聖志、優作

2人の兄たち(宮里聖志、宮里優作)は、どちらも3歳からゴルフを始めました。

長男である宮里聖志さんは、遊びすぎることがあり近畿大学に進学するも留年してしまいます。それを機に、父・優さんに沖縄に呼び戻され、宮里聖志さんはプロを目指してゴルフの訓練に励みます。1999年にはプロ入りし、ツアーデビューを果たしたのが2000年12月『ファンケル沖縄オープン』のことでした。2003年2月に、毎年トーナメントで顕著な成績を残した新人の中でも、マナーや将来性も期待される選手を選出し表彰する『ルーキー・オブ・ザ・イヤー』を受賞。続いて2004年末、宮里聖志プロは主催者推薦で出場した『アジア・ジャパン沖縄オープン』で8打差18位から64をマークして奇跡的な逆転を起こし、念願の初優勝を飾りました。

宮里聖志プロはジュニア時代から大注目を浴びていた弟・優作、妹・藍さんに比べると出遅れていた感はあったものの、のんびりとした性格とは裏腹に、ロングアイアンの切れはピカイチ。面倒見が良く周囲の人々をよく笑わせる明るい性格の持ち主でもあります。

気になる宮里聖志 結婚というキーワードについてですが、弟さんと比べて情報は少なめ。このプライベートの宮里聖志 結婚の回答としては、YES。奥様は元プロスノーボーダーの中村博子さんと愛を育んでいますが、宮里聖志 結婚生活の詳細についてはあまり情報自体がないのが現状です。やっぱり妹の宮里藍さんに注目が集まれば、お兄さんの宮里聖志 結婚というキーワードも気になってしまいますよね。

次男・優作さんは、アマチュア時代に数々のタイトルを総なめにし、2002年12月にアマチュアからプロ宣言。2003年の4月に『東建ホームメイトカップ』でプロデビューを果たしました。2006年8月アメリカ『リノ・タホオ-プン』で史上初となる1日に2度のホールインワンを達成し、歴史に残る快挙を挙げました。

そして、優作さんが33歳の2013年12月、『ゴルフ日本シリーズJTカップ』で悲願のツアー初優勝を果たします。2017年には、『中日クラウンズ』、『日本プロゴルフ選手権大会』でメジャー2大会連続優勝を飾るなど4勝を挙げ、初となる賞金王としても輝きました。その飛ばしてフェアウェイに乗せる技術で、日本の飛ばし屋として世界を舞台にさらなる飛躍を狙います。

お兄さんの宮里聖志 結婚が話題になりましたが、弟さんの優作さんも勿論既婚者です。

宮里藍のゴルフ人生

1985年6月19日に産声を上げた元気な女の子は、今では「藍ちゃん」の愛称で多くの人びとに親しまれています。サントリー所属で現在34歳の宮里藍さんは、父や兄2人(宮里聖志、宮里優作)の影響で4歳からゴルフを始めました。2001年に兄を追い宮城県の東北高校へ進学後、高校2年生という若さで『釜山アジア大会』で金メダルを獲得してからも、その落ち着いたプレーで数々の驚異的な結果を残し、アマチュア時代から実力を注目されていました。

2003年6月、『日本女子アマチュアゴルフ選手権競技』で優勝を果たし、続いて、同年10月、『ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント』にてアマチュアとしては実に30年ぶりとなるツアー優勝。プロ宣言をし、史上初の現役女子高生プロゴルファーが華々しくデビューを果たします。その翌年である2004年11月『エリエールレディースオープン』でも、すぐにオープン優勝の栄光を手にしました。

その勢いのまま数々の活躍を見せ、2005年『日本女子オープンゴルフ選手権競技』にて公式戦として初優勝するなど、史上最年少でツアー通算10勝。大会史上初の最年少優勝だけでなく、観客動員数までもが最多記録を更新し、「藍ちゃん旋風」の盛り上がりまで目に見える大会となりました。2006年からは活躍の舞台をロサンゼルスへと移し、世界ランキング6位を記録。2009年には米国賞金ランキング3位をマークしました。

それからも世界の宮里藍の活躍は止まらず、2010年には日本人単独最多勝記録5勝を達成し、日本人史上初となる世界ランキング1位を獲得!日本国内のみならず、世界のゴルフ界を先導するプレーヤーとして活躍しました。

 

なぜ引退・・・?

これまで数多くの記録を塗り替えてきた宮里藍さん。まだまだ好プレーを期待できる32歳の若さでの引退会見ということで、多くのメディア、ゴルフファンがその記者会見に注目しました。集まった報道陣の数は約300人。

「モチベーションの維持が難しくなった。」のが一番の決め手だと語ります。

そう感じ始めて4~5年程経ち、昨年夏ごろから今年限りでの現役引退を考えていたと、引退決断の経緯に触れました。32歳での現役引退ということで早すぎるのではないかという声も上がりましたが、約15年間のプロ人生の間、様々な期待やプレッシャーに耐えながら、日々トレーニングを行ってきたことを考えると、決して短い時間ではなかったのではないかと感じられます。結婚や出産という別の人生の過ごし方を考えたとき、プロとして実力を発揮するためのモチベーション維持にも多大なるエネルギーと環境投資が必要なはずです。

まだまだこれからゴルフも頑張りたいとのことで、今年いっぱい期限を設け、メジャー優勝を飾り現役人生の幕を閉じたいとも語る宮里藍さん。残りのシーズンへの意気込みも見せ最後までゴルフ一筋な宮里さんでしたが、これまでプライベートはあまり語られていませんでした。2007年からロサンゼルスで同棲を始めた男性がいたようです。長年連れ添っている宮里さんのマネージャーである「たくみさん」がそのお相手でした。お二人は、ロサンゼルスで約9000万円の一軒家にて生活していたようです。

出会いは2005年アメリカ。米ツアー予選会で、父・宮里優さんが現地で通訳兼現地コーディネーターとしてもサポートが期待できる、たくみさんを推薦されていました。米ツアーに本格参戦をした2006年から引退まで、マネージャーとして献身的に宮里さんを支え続けたたくみさん。プロ参戦からスランプを乗り越え10年間しっかりと愛を育み、今回ゴールインとなりました。

その発表には父だけでなく、兄の宮里聖志 結婚を祝福という見出しがスポーツ紙に踊り、兄弟愛の強さを改めて実感という声が多く聞こえてきました。

宮里藍さんの結婚が決まり、二人の兄、宮里優作、宮里聖志 結婚に続き幸せな家庭を築いていくことでしょう。

「30代になれば結婚と出産も・・・」宮里藍さんは以前から30代での結婚願望について話していました。10年という長い間、傍で支え続けてくれるパートナーがいるのであれば、結婚と出産への願望や悩みも絶えなかったことでしょう。宮里さんにとってはこれまでの人生の大半を捧げてきたゴルフでしたが、これからの実力の維持とパートナーとの幸せを考えたときに、引退との結論を出すのは必然的であったかもしれません。

もしかしたらお兄さんの宮里優作、宮里聖志 結婚生活から、競技引退の引き際のタイミングをずっと考えていたのかもしれませんね。

自身のゴルフ人生について、「限界を感じたうえでの今回の決断だったが、思った以上の結果が出せました。自分としてはこれ以上ないゴルフ人生でした。」と話します。会見では最後の試合については決めていないと話しましたが、エビアン選手権には出場意思を見せ、また、アメリカに戻ってのメジャー試合についても全て出たいと語りました。その後のブログにて、メジャーであるエビアンでの引退決断を表明。

その注目の引退試合であるエビアン選手権初日、「最後のメジャー挑戦を頑張りたいという気持ちが強い。」と戦闘モードを見せました。

最終日、宮里藍さんは首位と8打差の1アンダー27位からスタートし、もがき続けた最後の18ホールでしたが、5,6番で連続ボギーを叩き出します。9番で約5mのバーディーパットを沈め、この日初めてのバーディー。後半10,14番でボギー、15番をバーディーとしましたが、結果2バーディー、4ボギーの73で回り、通算1オーバーの214で33位タイ。

最終18番グリーンでは感極まり涙を流しながら、引退試合を締めくくりました。

 

おわりに

三人兄弟宮里聖志、宮里優作と共に兄弟でプロゴルファーとして切磋琢磨し、世界から愛されたゴルフプレーヤー宮里藍さん。長いゴルフ人生を離れコースを去ることになりましたが、結婚や出産という名の新たな幸せをたくさん感じられる、素敵な第2の人生を歩まれることをゴルフファンの皆さんも願っているのではないでしょうか。これからの新たなステージでのご活躍も期待しましょう。

今回は宮里藍さんの引退劇の裏側から、彼女を幼少時から支えてきたお兄さんたちの存在、そして気になって仕方ない兄宮里聖志 結婚の真実についても解説していきました。

上位オンラインカジノ
上位カジノボーナス
トップへ移動
×
ボーナスコード:
ボーナスオファーは既に別ウインドウに表示されています。もし表示されていない場合は下記のリンクをクリックしてください。
ゲームプロバイダーに行く
閉じる
ギャンブリングガイプレゼント:あなただけの特別オファー!